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カン・ジェワンとパイディアが身体の痕跡を彫刻で表現

瑞草区のギャラリー・カラービートにて、カン・ジェワンとパイディアによる2人展「Somatic Effector:感応する身体」が開催されている。本展は、身体が周囲の環境と接触し、動く過程で生じる感覚や変化を彫刻として表現したものである。

瑞草区のギャラリー・カラービートにて、カン・ジェワンとパイディアによる展示「Somatic Effector:感応する身体」が開催されている。カン・ジェワンは自身の腕や首の長さを直接測って金属の曲線を描き、パイディアは土に身体を密着させて残した痕跡を新たな形態へと再構成している。

私たちは一日の中で、無意識のうちに何度も腕を伸ばし、体を回転させ、どこかに寄りかかる。あまりに慣れ親しんだ動きであるため意識することはないが、その中には周囲の環境に適応しながら習得してきた身振りや、数多くの接触の記憶が蓄積されている。

ある者はこうした動きを金属の曲線で表現し、またある者は土に残された痕跡によって新たな身体を創り出す。異なる素材と手法で誕生した彫刻たちは、私たちが気づかなかった身体の物語を語りかけ、当然視していた身体の動きや存在を、少し異なる視点から見つめ直させてくれる。

展示の様子 / チョン・ウンジ記者
展示の様子 / チョン・ウンジ記者

瑞草区のギャラリー・カラービートでは、カン・ジェワンとパイディアの2人による展示「Somatic Effector:感応する身体」が行われている。本展は、身体が周囲の環境と接触し、動く過程で生じる感覚や変化を彫刻として解き明かす展示だ。パイディアは土に身体を密着させて残した痕跡を新たな身体の形態へと再構成し、カン・ジェワンは空間に反応する身体の動きを線と面で表現する。

展示を企画したキム・ミンシク・キュレーターは「二人の作家の彫刻における痕跡と軌跡は、身体が世界と関わってきた方式を内包している。パイディアの断片は身体が触れた場所を留め、カン・ジェワンの曲線は身体が向かった方向を展開する」と説明した。

空間が作り出した身振り、その動きを彫刻する
- カン・ジェワン作家

カン・ジェワンは身体と空間の関係に着目し、日常で繰り返される身体の動きを彫刻で表現する。こうした作業は、狭い作業場で働いた経験に端を発している。

1坪から3坪ほどの空間で、物を手に取ったり体を回転させたりする動作を繰り返す中で、自身の動きが意志だけで決定されるのではなく、周囲の環境や空間の構造に影響を受けるという事実に気づいた。身体は与えられた空間において効率的に動く方法を自ら習得してきたのである。作家は、このように日常で無意識に繰り返してきた身振りを、彫刻の形態へと移し替え始めた。

カン・ジェワンの作品 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワンの作品 / チョン・ウンジ記者

作家の説明なしに作品と向き合うと、抽象的な印象を与える木の枝が群生しているような姿が見て取れる。しかし「身体」というテーマに合わせて改めて見つめ直すと、金属に編み込まれた紐が、ハンサム(袂)を手にサルプシ舞を踊る舞踊手の動きのように感じられることもある。これは、カン・ジェワンがいかに身体の動きを作品に反映させているかを示しているといえる。

作品を通じて、作家は身体の外形をそのまま再現するのではなく、動きの方向や軌跡を見せることに集中している。金属を曲げたり繋げたりして立体的な構造を作るが、それぞれの長さは、作家自身の腕や上半身、首の長さ、肩の可動域などを直接測って制作するという。

ここに、作家がかつて衣類工場で働いていた際に慣れ親しんだ糸や紐などの繊維素材を加えている。硬質な金属と柔軟な繊維が調和した彫刻は、空間に反応しながら動き、重力の影響を受ける身体の姿を想起させる。

カン・ジェワンの作品 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワンの作品 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワンの作品 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワンの作品 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワンの作品 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワンの作品 / チョン・ウンジ記者

一箇所に集まって設置された作品は、それぞれが独立した個別の作品である。『ある切実さに身体を動かしても彫刻となった。』、『身体 心』、『トルソ ソウル ゴミ』、『軌跡の叙事』、『歩幅から』などの名称を持つ。

作品とその名称を繋げて鑑賞すると、抽象的な印象を受けつつも、作品同士が一つの叙事を成しているように感じられる。金属のたわみや繋がりが、身体のどのような動きを想定して作られたのか、どこでどのように働いている時にこうした動きが生まれるのか、そのストーリーを想像させる。

カン・ジェワン作家の〈手の届く距離〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈手の届く距離〉 / チョン・ウンジ記者

作品の中には、紐が一つも編み込まれていない作品がある。他の作品は金属の端の部分が真っ直ぐ伸びて終わっているが、〈手の届く距離〉の中の一部の線には、内側に丸まった輪の形を見つけることができる。作家の身体を直接測って作った身体の動きであるという点、作品の名前を考慮すると、腕から手へと続く動きを表現したのではないかと推測される。

カン・ジェワン作家の〈Soft Jump〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈Soft Jump〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈Soft Landing〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈Soft Landing〉 / チョン・ウンジ記者

似ているようで異なる二つの作品は、その名前のように跳んでから着地する瞬間を描き出しているようだ。しかし、その瞬間は運動のように余暇を楽しむ動きというよりは、仕事をするために跳躍して着地したような感覚だ。

作品がどのような身体を模して作られたかは重要ではない。細い金属線が異なる高さと方向へと伸びていく姿から、体を曲げ、腕を伸ばし、再びバランスを取る動きが自然と浮かび上がるからだ。虚空に向かって高く突き出した曲線からは、何かへ向かって手を伸ばす動作が、床に近い位置まで長く伸びた曲線からは、体を低くしたり重心を移したりする姿が連想される。静止した彫刻であるが、その中には絶えず動かなければならない身体の緊張感が残っているかのようだ。

カン・ジェワン作家の〈Gesture〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈Gesture〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈Gesture〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈Gesture〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈Gesture〉 / チョン・ウンジ記者
カン・ジェワン作家の〈Gesture〉 / チョン・ウンジ記者

作品全体の印象を見ると、鋭さが感じられる。これらの作品は、カン・ジェワン作家が最近の作業以前に行ったもので、これもまた身体の動作について考えたものだという。線を中心に見せた作業とは異なり、小さく実験したのだと作家は伝えた。

そのため、この作業は身体の全体的な動きがよく目に留まる。鋭く突き出した金属の破片は、異なる方向へと伸びたり一箇所に絡み合ったりして、体をひねり、腕を伸ばし、バランスを取るような姿を作り出している。どの部分が腕で脚なのか明確に区別はできないが、不規則につながった破片を辿って視線を移していくと、複数の動作が重なり合っているような感覚を受ける。

特に金属の荒々しく尖った断面は、動く瞬間に身体にかかる力や緊張感までも想起させる。その後の作業が柔らかな曲線で動きの流れを見せるならば、これらの作品は瞬間瞬間の動作を切り取って一つの形態にしたかのようだ。

カン・ジェワン作家の作品は、私たちが普段意識することのない身体の動きを再び振り返らせる。無意識に腕を伸ばしたり体を回したりする動作さえ、周囲の空間や環境に合わせて習得してきた動きだというのだ。作家はこのような日常の身振りを金属の線と面へと移し、目に見えなかった動きに新しい形態を付与した。彼の彫刻を見ていると、慣れ親しんだ空間で繰り返してきた私たちの身振りも、一つの作品になり得るという気がする。


土に残した身体の痕跡、存在を証明する
- パイディア作家


パイディア作家は、自身の身体に残された感覚と痕跡をもとに、身体の存在を彫刻として表現する。身体に土を密着させて圧力を加えると、土には身体の凹凸や動きに伴う痕跡が残るが、作家はこうして作られた破片を再び組み合わせ、新しい形態の身体を作り出す。

このような作業は、アメリカで生活しながら、自身の存在感が他者の認識の中で希薄になったと感じた経験とも繋がっている。目に見えない自身の存在を、身体が残した物理的な痕跡を通じてあらわすのだ。作品の中の身体は、私たちが慣れ親しんでいる人の姿とは異なるが、その中には作家が実際に身体を動かし、土と接触した瞬間が込められている。パイディア作家は、このように身体が残した痕跡を通じて、存在の意味と身体が世界と関係を結ぶ方法を語る。

パイディア作家の〈Digger〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Digger〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Digger〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Digger〉 / チョン・ウンジ記者

ギャラリーに入ると、真っ先に目を引く作品である。人の形をしているが、体と手足があるだけで顔はない。土を付着させて作ったものだが、深い光沢が加えられた表面からは、土特有の無骨で粗い質感よりも、滑らかで未知の感覚が先に伝わってくる。

遠くから見れば一つの巨大な人体彫刻だが、近づくほどに表面に幾重にも積み重なった凹凸と、へこんだ痕跡が目に飛び込んでくる。特に横から眺めると、複数の断片が互いに噛み合い、重なり合うことで一つの身体を成しているという事実がより鮮明になる。

頭と胴体、手足の境界が明確ではない姿は、見慣れない奇妙なものに感じられることもある。しかし、その中に残された数多くの凹凸は、作家の身体が土と触れ合った瞬間を示しているかのようだ。顔がないため誰であるか分からない形だが、身体が残した痕跡だけは明白に存在しているのだ。

パイディア作家の〈Tippy Toe〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Tippy Toe〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Tippy Toe〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Tippy Toe〉 / チョン・ウンジ記者

〈Tippy Toe〉は、座っているが、つま先で姿勢を危うく維持している姿である。何かに不安を感じているような感情が伝わってくる。作品の背面へ回ると、脊椎と肋骨がそのまま見える。人間というよりは、痩せ細った遺骨を見ているような感覚で、作品が伝える印象は身の毛がよだつほどだ。

作家がアメリカで生活したという背景と結びつけてみると、知らず知らずのうちに感じたであろう疎外感と、自身の存在に対する不安感が、危うい姿勢と身体の形として表現されているようだ。作家は身体の痕跡を残したものであるが、その当時感じていた感情までもが間接的に伝わってくる。

パイディア作家の〈航海者(Explorer)〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈航海者(Explorer)〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈立像 Ⅱ〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈立像 Ⅱ〉 / チョン・ウンジ記者

先に見た二つの作品とは異なり、比較的、人体のかたちがそのまま残っている小さな立体作品である。具体的な表情はないが、堂々とした姿勢で立っている姿が作品全体の雰囲気を支配している。

特に、これらの作品からは、パイディア作家がどのような方法で作品を作り、自身の作品哲学を表現しているかを垣間見ることができる。土を拳でぎゅっと握りつぶしたような断片が繋がっており、滑らかな人体彫刻とは異なる、荒々しく無骨な印象を与える。へこんだ部分や不規則に突き出した凹凸からは、土に加えられた圧力と接触の痕跡が感じられる。

詳しく見れば、それぞれの断片はそれぞれ異なる形をしているが、それらが集まって頭と胴体、手足を成すことで、一つの身体が完成している。単に人の姿に似せるのではなく、身体が残した痕跡を集めて、もう一つの身体を作り上げるという点で、パイディア作家の作業方式がより鮮明に伝わってくる。

パイディア作家の〈坐像 Ⅱ〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈坐像 Ⅱ〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈座像 II〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈座像 II〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈座像 III〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈座像 III〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈座像 III〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈座像 III〉 / チョン・ウンジ記者

座っている身体の姿を抽象的に捉えている。二つの作品とも、腕と脚を曲げたまま身体を丸めているようだが、どの部分が腕で脚なのかを明確に区別することは難しい。〈座像 II〉は床に低く位置しており、〈座像 III〉は複数の身体部位が絡み合っているような姿だ。

特に、身体の一部が押しつぶされ、折れ曲がったような曲線には、座る姿勢を取る際に身体にかかる圧力と重量感が感じられる。

パイディア作家にとって重要なのは、座っている人の姿を写実的に再現することではなく、その姿勢を取る間に身体が残した痕跡である。土と身体が触れ合って作られた破片は、互いに繋がり一つの形を成し、その中には身体を曲げ、重さを支えた瞬間の感覚が込められている。私たちが日常で何気なく取る座る姿勢も、作家の手を経れば身体の存在を示す特別な記録となるわけだ。

パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者

2つの作品は、脚を土やグルーガンなどで表現している。他の作品に比べて、より写実的に作られた印象を受けるが、〈Mommy Long Legs〉という作品名と結びつけてみると、ハッとさせられる。「Mommy」という単語は、通常「お母さん」と解釈されるからだ。母親の脚と言うと、母親の犠牲や愛を比喩的に込めたものとして読み解くこともできる。

小説《あしながおじさん》の原題が「あしながおじさん」である点と比較してみると、目に見えない場所で誰かを助け、支える「あしながおじさん」のように、母親もまた誰かの人生を支える存在であるという意味として受け取ることもできるだろう。

パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者
パイディア作家の〈Mommy Long Legs〉 / チョン・ウンジ記者

壁を一枚隔てて、2本の脚のうち一方は膝下のふくらはぎ程度の長さであり、もう一方は人為的に長く引き伸ばしたかのように、壁をいっぱいに満たしている。グルーガンの芯は、まるで骨のように土の破片を繋いでいる。グルーガンの芯は、まるで骨のように土の破片を繋いでいる。

不規則に固まった土と、滑らかで半透明な接続部は全く異なる材料だが、互いに掴み合いながら一つの長い脚を作り出している。特に、壁の上から床へと続く形は、今にも切れそうに危ういながらも、最後まで形態を維持している。

身体の痕跡を込めた土の破片が互いに繋がり、新しい身体を作り出すという点で、パイディア作家の作業哲学が表れている。完全な人間の形態を成していなくても、その中には身体が存在した痕跡と、互いに支え合いながら続く力が残っているかのようだ。

破片のように散らばっていた土の破片が集まり、一つの身体を成す姿は、どこか見慣れないものでありながらも、妙な生命力を感じさせる。滑らかで完全な身体ではないが、でこぼことした凹凸や窪んだ痕跡の一つひとつに、身体が触れた瞬間の感覚と時間が積み重なっている。特に、見知らぬ環境で自らの存在を確認しようとした作家の経験を思い返すと、これらの痕跡はより意味深く感じられる。おそらくパイディア作家にとって彫刻とは、単に身体の姿を作る作業ではなく、自分がここに存在したことを残すためのもう一つの方法なのかもしれない。

展示の全景 / チョン・ウンジ記者
展示の全景 / チョン・ウンジ記者

展示は今月28日まで続く。ギャラリー・カラービートは火曜日から土曜日まで、午後1時から午後6時まで運営される。日曜日と月曜日は休館する。

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#Somatic Effector:感応する身体 #カン・ジェワン #パイディア #ギャラリー・カラービート #瑞草区 #彫刻展
チ
チョン・ウンジ
記者

韓国の工芸・ハンドメイド文化専門誌HANDMAKER(ハンドメーカー)の記者。展覧会やデザイン、手仕事の現場を取材している。

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